“瞳に映るもの”  『恋愛幸福論で10のお題』より
       鳥篭の少年篇

 


 とあるところに当時の世界で一番大きな大陸がありました。その大陸では いまだに大地の力を尊重しており、その力の象徴である“精霊”とか、それを扱うための咒術というものが実在してもおり。簡単な治療や邪気払いをして下さる導師様や、ちょっと怖いほどのお力をお持ちの魔導師様も、お医者様のように当たり前に存在しています。とはいえ、様々な機巧仕掛けや学問という格好などで“科学”が発達しつつある現今では、特別な力がなくとも、普通一般の人々でも扱える“便利”が増えて来たせいでしょか。わざわざ目指そうという人は減りつつあり、そのうち人々の信仰も薄れていってしまうかも知れません。それを人の心の荒廃と憂う人もおりますが、そんなことは向こう側の存在にはそもそも関係ないのかも知れません。某金髪の大魔導師様に言わせれば、

 『だよな。要らねって手を切ったんなら去ってくだけだ。
  後になって“しまった必要だった”と人間たちが慌てて、さて。
  見つかるだけの残滓が残ってりゃあいいがな。』

 復活させられないほどの事態になってても、星が滅んでも、向こうの存在には関係ないのかも知れません…。




  ◇  ◇  ◇



 いきなり怖い怖い“終焉”を語ってどうしますかですね、すみません。大地の気脈や精霊様の存在とその力、まだまだ十分 信じられているところの、南方の片田舎の寒村に、小さな小さなかわいらしい家があり。そこには、ちょっぴり自信なさげで頼りない少年と、そんな彼を支えて余りあるほど頼もしい青年とが一緒に暮らしておりました。

 少年の方はどうやら、大陸の北方に鎮座まします“王城キングダム”という大きな王国の、どこか大きなお家の血縁だったらしい…としか、ご近所の皆様は把握しておられませぬ様子。そも、のんびりした土地なせいですか、それとも…元から住まうお年寄り以外の新しい住人たちは、実はそんな彼を護衛してその国からやって来た、若くて頼もしい働き手たちだったせいでしょか、それ以上の詮索もなされぬまま、彼が望んだそのまんま、静かに穏やかに暮らしておりました。本当はそれは大変な肩書をお持ちで、彼自身もとんでもない力を秘めた少年だったのですけれど。そして、それを巡っての大きな騒動も、それを頼みにした恐ろしい騒動も、大小ばたばたとあったのですけれど。元来、平和な世には取り立てて必要とされぬもの、そこいらにふんだんにあるのだけで 事足りているもの。邪悪な気配を封じねばというほどもの事態にこそ必要とされるものなのだから、むしろ忘れ去られていた方がいい…として。堅苦しい王宮よりも、自分が生まれ育ったこの村のほうが暮らしやすいと望み、戻って来た彼でして。

 その傍らに常に離れぬ頼もしい青年は、そんな彼に生涯かけてという忠誠を誓った騎士様で。武術も体術もそれなりの学問も修めておいでで、王国で最も凄腕練達という、怖い者なしの頼もしい御方ですが、それでも難が一つだけ。礼儀作法も申し分なく修めておいでの方なれど、それが過ぎての言葉足らずなことが多々あり、臆病で及び腰な少年に思わぬ遠慮をさせ、その結果から遠巻きになってしまうよな態度をちょくちょく取らせては、お互いに困ってしまうという…進歩のないことも相変わらず繰り広げておいでだとか。

  でもね、問題はありません。

 だってお二人とも、相手のことが大好きですもの。それでも時たま“方向音痴っぷり”を呈すること、まま否めない方々ではございますが。それへはちゃんと“舵取り”がおりますのでご心配なく♪ 例えば先日も……。



 彼らが住まう小さな村は、農業や牧畜を営む家ばかりが集まった、とっても穏やかなところです。彼らもまた、小さな畑を耕し、そこから収穫したものを売ったり、はたまた村の周縁にある森で採れたものを分け合ったりして生活しておりました。そうそう、ご紹介が遅れましたが、少年の方はお名前を 瀬那様といい、ちょっぴりまとまりの悪い、ふわふかな髪をした小柄な男の子です。そろそろ十七、八歳にもなろうはずなのですが、潤みの強い大きな瞳や、頬骨も立たぬするんとしたすべらかな頬の愛らしい、いつまでも幼いまんまな顔立ちに、小さな手や華奢な肢体をしているものだから。周囲の大人たちからは、相変わらずに子供扱いもされている模様。そんなセナ様をお家に残し、雄々しい青年騎士様の方は毎日早くから畑まで出ておりまして。騎士様のお名前は 進清十郎さんといい、ざんばらにした黒髪もそれは凛々しい、大人びた風貌の、筋骨逞しく精悍なお人で。寡黙で礼儀正しく、少々表情が乏しいところが難と言や難かも知れませんが。小さなセナ様にはそれは優しく接するお方なものだから、周囲の人たちもすぐに慣れてしまい。そうなると、そこはさすがは年の功、

 『ああ困っておいでだ、セナ様に何かあったな』とか、
 『おや照れておいでだ、セナ様に褒めていただいたのではないかしら』とか、

 そこまで読んでしまう練達
(?)までいるくらい。そんな暖かな理解を寄せてもいただき、つつがなく過ごしておいでの二人の生活には、実はもう一人、同居する存在がおりまして。

 「カメちゃん、踏んじゃうから危ないよう。」
 「みゃあvv」

 お家の裏手、少しほど開けたところに張られた物干し用の綱へ、シーツだシャツだ下着だ、わしわし洗った洗濯物を、慣れた様子で干しているセナ様の足元に。構って構ってと、後足で立っての ぴょこぴょこまとわりついていた、純白の毛並みも愛らしい、小さな小さな一匹の仔猫。お顔が埋まるほどもの長い毛足ではないけれど、つややかな感触のするなめらかな毛並みは、撫でればすぐにも骨に当たってしまうよな、仔猫の幼い肢体を柔らかくくるんでの愛らしく。細い声で“みゃあ”と紡ぐお声の稚さといい、やはり幼い風貌のセナ様には何とも似合いのお友達だが、

  ―― 実はこの子、ちょっぴり秘密を持ってもおいで。

 王城キングダムから戻って来たおりに一緒に連れ帰った仔猫だが、時には…お耳の大きなパピヨンとかいう仔犬になっていることもあり。そうかと思や、隣りの町まで風のように駆けてってしまえる駿馬であることもあり。そんな不条理を、でもでも周囲の人々へは欠片ほども違和感抱かせず居られることまで含め、とんでもなく不思議な存在の彼こそは。実は聖なる精霊の化身、スノウハミングという不思議な鳥さんだったりし。高峻な尾根におわす“アケメネイ”という聖地にほど近い、隠れ里にしか生息しない尾長鳥。生まれながらに不思議な力を持ち、聖地と聖地を一瞬で行き来出来たりもするけれど。同時にとっても繊細高潔な生き物で、少しでも穢れた存在に触れると美しい翼が腐ってしまうとまで言われている身。それがセナ様へとひどく懐いたは、やはり神聖な御身であったからなのか。先の騒動の折なぞは、本来ならば寄ることさえ出来ぬだろ、負界からの襲来者という恐ろしくも忌まわしき存在に、そうであるにも関わらず果敢に立ち向かった功労者でもあり。騒動が落ち着いてからのこっち、本来の飼い主である封印の導師様よりも懐いた格好、セナ様からどうしても離れないのでと、

 『アケメネイへ戻るときに、ちょいと貸してくれればいいからよ。』

 そんな約束をして、こちらへ同行させるに至ったというくらい。南方とは言え、夏になっても灼熱の土地になるでなし、畑には困りものだが、雨の少ない乾いた空気がさらさらと心地よく。風に揺れる草の囁きがさわさわと立つたび、仔猫の小さなお耳がひくくと震える。

 「にゃあ。」
 「落っこちないようにね?」

 さすがにセナ様のお邪魔はいかんと思うたか、お仕事に集中なさっておいでの間は外そうと、少し離れて野の草と遊ぶカメちゃんで。小さいけれどきちんと手入れされたお庭の片隅には、かわいらしい池ほどの泉があって。ちょっぴりいびつな岩の縁に前足をかけ、水のおもてを覗き込む仔猫へ向けて、そんなお声をかけたセナ様だったが、

 “…あちこちの泉はちゃんと涌いているのかなぁ。”

 奇跡の御子でおいでのセナ様、その力を時々こっそり使っては、彼にしか出来ないこと、少しだけ手掛けておいで。例えば…この大陸には まだ形もて実在する、魔力の強い精霊の末裔ら、新しい土地との接触も多い交易都市の人々とは遭遇しにくいよう、結界を張り巡らせて護ったり。大地の気脈と通じやすいところから、人の生活に具合がいいようにという咒をちょっぴりだけ使いもされて。夏の乾季にだって、それなり意味はあることを重々理解してのその上で、潤沢にとまでは出来ないものの、あまりに酷い乾きを湿らすための水脈、その出口を人里間近へも招いたり。

 “この夏は他の土地でも乾きが強いと聞いたけど…。”

 せっかく、頼みになる若者が増えての耕地が増えても、いいお日和とそれから雨や水源がなくっちゃあ話にならない。こわばっていた土地同様、水路もあちこちが傷んでいたの、皆で直したその後を、セナ様、時々、念じで点検なさっており。同じ水源から通じている小さな泉を庭にもひいて、ちゃんと行き渡っておりますかと、精霊さんへと話しかけるのも毎日の日課だ。

 「…。」

 洗濯物を干し終えたそのまま、水のおもてをじっと見やっていたセナ様。そっと眸を伏せ、心の中で咒を唱え、澄ませた意識を水脈の中へと静かに沈めると、大地へと呼びかける感覚を村の端々までへふわりと広げ。とどこおっているところはないか、それが至っているところどこ、何かしら困っておりますという気配はないかとまさぐって。

 「………うん。」

 ああ、今のところは無事みたい。よかったよかったと目を開ければ、お水を覗いていた仔猫もそれを察したか、にゃんと鳴いての戻って来かけたが、

  ―― え?

 精霊さんには悪戯が好きな子も多くいて。泉の縁に前足を預けていた仔猫さん、もう行ってしまうのが寂しかったか、ゆらりと揺れた水面がいきなり波立ち、まだ離れ切らぬその脚を藻のように搦め捕ってしまったものだから、

 「にゃあっ!」
 「カメちゃんっ!?」

 さあおいでと、懐ろへ飛び込んで来るのを受け止めようと屈んでたセナ様も。そんな不思議を目の当たりにし、え?と驚き、そのままうろたえ。ずるりと引きずり込まれかけるの、とりあえずは追って、泉の間際までを駆けつけて。攫ってはダメだと手を延べ、小さな肢体を掴まえる。本来、握り込めやしないはずの水だのに、白猫の小さな肢体をがっつり掴んだ不思議なお水。セナ様が囁きかけたのへ、目を覚ましての寄って来た悪戯な精霊でもいたものか。だったらカメちゃんの方だって…これでも結構高位の精霊、元の姿に戻れば勝てたが、よほどにうろたえてしまったか、セナ様の手へちょっぴり爪を立てたほどの慌てよう。そんな必死の爪はさすがに鋭くて、

 「痛たた…っ。」

 思わず口をついたが、それでも手は離さずにいたところ。一瞬だけ立ち上がった水の柱は、そのままするする泉へと戻った。怖がらせるつもりはなかったのとでも言いたいか、ぱしゃんと上がった細かなしぶきが。朝の陽を受け、キラキラ弾けて綺麗ではあったけれど、

 《 カメちゃん、だいじょぶだった?》

 水辺に棲まうドウナガリクオオトカゲにも変化
へんげ出来るのに、この姿のときはお水は苦手なところまで徹底しちゃうカメちゃんだから。怖かったね、濡れちゃったね、早く拭かなきゃと…懐ろに引き寄せた小さなお友達をいたわった御主人様だったのだが。

 「にゃあ?」

 ―― あれれぇ?
     カメちゃんのお声、何だか上のほうから聞こえて来ないか?
     それに、妙に滑舌がいいような?

 懐ろへと掻い込んだはずの小さなお友達。なのに どうしたのかな?と見下ろそうとして、

 《 …あ?》

 お膝の上にて広げた両手のその中のどこにも、小さな仔猫の姿はない。それだけではなく、自分の手が…何だか変。ぽわぽわの白い毛、桜色の肉球に、指が短くなっており。

 《 ……何これ?》

 見覚えはあるんだけれど、それはこうやって見るものじゃあなかったはずで。それじゃあ どこでどうやって見るものだったか…な?、と。その身を凍らせていたところが、

 「にゃあ?」

 頭上からの声がした。ああ、いけない。カメちゃんのことを忘れてた。ごめんね、大丈夫?と、見上げたところが…こちらを見下ろしていたのは人の顔。こんなにも間近に誰ぞが来ていたなんて、そんな気配なんて全然感じなかったので、それへとビックリしたものの。そこにあったお顔にも、微妙ながら見覚えが……といいますか。


  《 ええええっっっ!!! なんで、ボクがいるのっ!!》

  「みゃあ?」





        ◇



 何がどうなってのことなやら。水の精霊さんの悪戯か、それともそんなちょっかいかけへ、きゃあと驚いたカメちゃんが不思議な力を発揮したものか。泉の中へ攫われかけてた仔猫さんを、助けようと伸ばしたセナ様の手が触れたその途端、中身だけが入れ替わってしまったらしいお二人さん。泉の傍らに座り込んでたセナ様の、でもでも中身はカメちゃんなのへ。そのお膝にちょこりと乗っかった、小さな白い猫の…でも中身はセナ様が、

 《 カメちゃん、とりあえずお家へ入ろう。》

 こんなところに誰かが来たら、ご挨拶さえ返せない。だって、

 「にゃあ。」

 セナ様のお口からは“にゃにゃんにゃあ”としか出て来ないのを、ちゃんと理解は出来てるカメちゃんだけれども。そのご本人はというと、人の姿になっているのに“にゃあ”としか言葉が出て来ない模様。しかも、そうと促したところが、

 《 …お願いだからお手々で持って。》

 お口で咥えて運ぶのは無し無しと、そこから注意しないといかんらしいほど、まだ猫さんでいるつもりが抜けてない。時折セナ様へと変身
(メタモルフォゼ)することだってあるのにね。そういう時とは勝手が違うものなのか、はにゃんと小首を傾げてから、次は…四ツ脚で動こうとするの、立って立ってと促して。

 「ぐるるるる…vv」

 何とか勝手口から入ってお家でも、目線が低くなったセナ様に合わせてか、いやいや、その格好こそが彼には自然なそれだからだろ。床にへちゃりと腹這いになると、そちらは…自力では登り降りなぞ出来なかろ、座面の高い高いソファーに乗っけられ、何だか落ち着かない仔猫のセナ様がうろうろなさっているのを見上げてる。

 《 どうしようか。どうしたら戻れるのかなあ。》

 人の姿になっているのに猫の所作が出ているカメちゃんなのは、自力でのメタモルフォゼではないからだろう。ということは、彼が戻る咒なり方法なりを知っているとは思われない。水の精霊の悪戯だとして、だったら…どうやったら解けるのか。お師匠様からいただいた、咒の解説書や大きな辞典もあるにはあるけど、

 《 この姿じゃあ、取りに行けないよぉ。》

 書架は二階だし、カメちゃんに何とか持って来てもらえても、恐らくは…今のセナ様とはかなり巨大な対比となってる古文書を、どうやってめくって読んだものだろか。それに、にゃあとしか声が出ないのに咒を唱えるなんて、そもそも無理な相談なんじゃあなかろうか。念じが強けりゃ咒や陣なんて要らぬとお師匠様は言ってたが、
“そりゃあ、蛭魔さんは…。”
 日頃から開放している“気”が、しゃれじゃあないけど途轍もなく強い人だったから言えたこと。その身にどんな素養があろうとも、普段のセナは…匙一本持ち上げることも至難の業であるくらい、咒力を強引に発動するのは苦手なクチだし。

 《 それに…。》

 もっと困った大問題、そろそろ十時を回ってしまう。畑に出ている進さんへの、お昼ご飯を作らねばならぬのに。まだどこか覚束ない手際のセナ様なので、このくらいから取り掛からないと間に合わない。サラダ菜を庭先まで摘みに行ったり、ああしまったバターがなかったとご近所のおばさまの家へ借りに行ったり、あ・しまったブロッコリーは茹でないとと、お湯を沸かすのとハムを炒めるのがかちあってしまったり、茹でた湯を捨ててしまってから、あああ最初に玉子を茹でればよかったと後から気づいたり。これでも随分とマシになって来たほうの、恐ろしい段取りの悪さで手掛けるもんだから、
《 いつまでも にゃんこの姿ではいられないのにぃ。》
 ちょこりとお座りし、もこもこの小さな手を見下ろして。しょんもり肩を落として呟いたのが、

 《 これではエプロンが着られません。》

 ……やっぱり何だか、事態
(コト)の深刻さへの把握の順番がおかしくないか? 光の御子様。(苦笑) 彼なりにどうしたもんかと焦っていたそんな場へ、

 《 …っ。》
 「みゃう?」

 セナ様は自分の感応で、そしてセナ様の姿に収まったカメちゃんは…そんなセナ様仔猫が びびくっとお耳を震わせたので、誰かがお家へ近づいてくるのに気がついた。しかもしかも、

 《 こ、この足音は。》

 はやや、これは一番困るパターンではなかろうか。いきなり判ってと言っても、その“言って”という段階から通じはしなかろ。せめてどうにか誤魔化さねばと、
《 わ、わ、どしよ、えとえとっ……。カメちゃん、立っちだ。》
「にゃう?」
 焦るあまりに、ますますのこと座面をうろうろし出したセナ様を、きょとんとしもって見下ろした格好の大きなカメちゃんへ。

  ―― にゃにゃにゃにゃ・にゃうと。

 後足だけで座っての身を起こし、前足振り回して何とか指示を出して、さて。小さなお家の小さな扉、ノックもしないで開く人といやあ、この時間帯だと彼しかいない。

 「ただいま帰りました。」

 手にはカボチャを4つほど抱えておいで。そうだった、よく実ってるのを持って帰ってくださいねって、今朝方お出掛けなさる彼へとお願いしたのだったっけ。パイを作るから分けて下さいなって、マルガレーテさんに頼まれたの。甘くてほくほく美味しいパンプキンパイ。ウチにもっていつもついでに作って下さるから、セナ様にもワクワクのパンプキンパイ。

 「…セナ様?」

 入ってすぐの小さなお勝手。泥は落として来たのだろ、水口へとごろりおいての、だが、ちょっぴり怪訝そうなお顔になった進さんだったのは、

 「…。」

 小さなソファーに腰掛けたままな、小さな御主が…うんともすんとも言わないからだ。お膝には真っ白な仔猫を乗っけて、小さなお膝を揃えてのお行儀よく、ちょこりと座ったそのまんま、にこにこと笑うばかりで何ともお声を発してくれない。いつもだったら“お帰りなさい”に始まって、大きくて美味しそうなカボチャですね、重たくなかったですか? 進さんは力持ちですねぇ、ボクでは2つがせいぜいだろに4つも持って来れるだなんて…。少なくともそのくらいは一気に口にし、ねぎらって下さるのが常だのに。

 「どうされました?」

 窓から見えるお庭には、シーツや洗濯物が風にはためくのが見えるから。朝のお仕事はこなされたらしいが、その中で…足を挫かれでもしたのかな。転んでしまいでもされたのかな。立ち上がれないのを誤魔化そうとしてのこと、心配かけまいと微笑っておいでなのかしら…とそこまで想いが至ったものの、

 「………?」

 笑って笑ってと、ただそれだけを指示されたカメちゃんのお膝の上で。何だかビクビクしもっての、固唾を呑んで…大人しくうずくまっていた白い仔猫のセナ様へ。気のせいだろか、進さんの視線が届く。何でそんな、真っ直ぐ見ておいでなのかなぁ。猫になろうとトカゲになろうと、カメちゃんがセナに懐くの、いつも微笑ましそうに見ておいでだったのに。大きな手のひらが伸ばされてくるのは、邪魔だからちょっと退いててということかなぁ。何も言わないセナがおかしいから、寝室まで運ぼうと思われた進さんだとか?

 “うあ、そういうこともあったんだ。”

 進さんは無口だけれど、セナの様子を読むのはお上手。ちょっぴりお熱があったのとか、セナ様当人以上のあっと言う間に、あっさり見抜いてしまわれるのを忘れてた。どしよどしよと、毛並みの下にて…本来は出ない汗をだらだら流して焦っておれば、


  「セナ様? いかがされたのですか?」

  「……え?」


 響きのいいお声が そんな文言を紡いだ途端、ぽんっと空気が弾ける音がして。ソファーの上へ腹這いになってたセナ様の背中に、小さな仔猫がちょこり乗っかってるという、先程とは微妙に逆な体勢になってた二人が………そんな不思議な現象にも動じなかった白い騎士様へ、

  「進さんっっ」
  「みゃおっ!」
  「………っ。/////////」←あ

 ほぼ同時に飛びついたのは言うまでもなかったりするのであった。





  ◇  ◇  ◇



  「そりゃあアレだ。
   自己を見失っての人格転移をしちまったもんだから、
   誰か第三者に
   “現在位置”ってのを提示してもらわにゃリセットされませんっていう
   他力依存な状態になっちまったんだよ。
   解き方知らねぇ奴から一途な求婚されりゃあ解けるっていう、
   おとぎ話によくある“呪いの接吻”みてぇなもんだ。」


 いきなり過激な解説をして下さったお姑様、もとえ、お師匠様の言いようへ、
「ヨウイチ、呪いってのは何さ。」
 弟子より先に、すかさずのツッコミを入れて下さったのは。そんな彼とともに、この大陸のあちこちで精霊や魔物がらみのいざこざを解決して回っておいでの、美貌の白魔導師様で。
「眠れる森の美女とか白雪姫とか、蛙にされた王子様とか…、」
 心当たりを指折り数えつつ、めでたしめでたしへと続く縁起のいい接吻じゃあないかと言いたかったらしい彼だったのへ、

 「呪いを解いた“祝福のキス”だってのか?
  いきなり唇奪われて、見ず知らずな奴から結婚迫られるんだぜ?」
 「……蛙の王子は別だけどもね。」

 ささやかな反駁が出来ただけでもめっけもんかも。
(笑) 久し振りにおいでになられたお二人へ、そうそうそういえばと、セナ王子がとんでもない目に遭ったこと、お茶受け話にと持ち出せば、おやまあと呆れたように苦笑した、金髪痩躯の黒づくめのお師匠様、そんな風に分析して下さってから、

 「カメもお前と同様で、とんでもない力を持ってる存在だからな。」

 今日はパピヨンの姿になって、リビングの真ん中、ラグの上にて、伏せの姿勢で皆さんのお喋りを聞いておいでの聖鳥さん。こんな愛らしい姿であっても、内包されてる力は計り知れないのだと。だから、
「つつきようで何が起こるか判らないってこと、重々肝に命じとかにゃあな。」
「はい。」
 小さな村には他に導師様もおいでにならずで。あのままだったらどうしようかって、随分と慌てましたものと、鹿爪らしくも眉寄せたセナ様だったが。その視線はすぐ傍らの騎士様へとそそがれ、そしてそのまま、

 「…。/////////」
 「こらこら、どさくさ紛れに人前でいちゃつくな。」

 い、いちゃついてなんて。///////// 言葉で言うだけでも真っ赤になってる純情ぶりも相変わらずの、まだまだネンネなお弟子に、やっとのことで相好を崩したお師様は、

 「ま、どんな姿になろうとも、ちゃんと見破ってくれる奴が居んだから。
  同じことがまた起きても、今度は心配要らねぇんだろうがな。」

 尚のことの冷やかし半分、そんなお言いようをわざわざなされて。その途端に“あやあや…///////”と、やっぱり真っ赤になったセナ様で。ほんに可愛らしいお人たちよと、窓の外、フランス菊の白い花がゆらゆらと風に踊って揺れてたそうな。






  〜Fine〜  08.7.26.


  *風に揺れてるお花という〆め方が、
   この夏のパターン化しつつある芸のない奴ですいません。
(苦笑)

  *もう一つ王国パラレルがあるせいで押されたか、
   随分とご無沙汰の“鳥籠の少年”ですが、
   こちらのお二人もまた、相変わらずであるらしいです。
   周囲に人が一杯いた王城キングダムの王宮よりも、
   静かで鄙びたこっちの村で、
   おどおど・ワタワタしつつ寄り添い合って過ごすほうが
   断然ラブラブなんじゃあないかと思っているのですが…vv
   ちなみに、こちらさんでも 時々お姑様が様子見に来るらしいです。
   どんなに出来た婿さんでも、何かしら不満を拾ってしまうのが花嫁の母。
   いつまでも尻を叩きにくると思われますので、
   婿様はお舅さんとの友好を深めることをお薦め致します。
(笑)


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